ベッドから車いすへ移るたびに、家族が身体を抱え上げている。
介助される人も、腕や脇をつかまれて痛そうにしている。
このような移乗介助を少しでもラクにするために使われるのが、「移乗ボード」や「スライディングボード」と呼ばれる福祉用具です。
移乗ボードを使うと、身体を高く持ち上げなくても、座った姿勢のままベッドと車いすの間などを移動できる場合があります。
ただし、移乗ボードは誰にでも使える道具ではありません。
本人の身体状態や座る力、車いすの構造、ベッドとの高さなどが合っていなければ、転落や皮膚の傷、膝のねじれにつながることがあります。
この記事では、移乗ボードが向いている人の条件と、安全に使うために確認したいポイント、避けるべき危険な使い方を詳しく説明します。
移乗ボードとは
移乗ボードとは、ベッド、車いす、トイレ、自動車の座席など、2つの座面の間に橋をかけるように置く板状の福祉用具です。
表面が滑りやすく作られており、お尻を少しずつ横へ移動させることで、立ち上がらずに移乗できます。
「トランスファーボード」「スライディングボード」と呼ばれることもあります。
主に次のような場所で使用されます。
・ベッドから車いすへの移乗
・車いすからベッドへの移乗
・車いすからトイレへの移乗
・車いすから自動車への移乗
・車いすとシャワーキャリーの間の移乗
テクノエイド協会では、移乗ボードを「座ったまま横に移乗するための橋渡しをする板」と説明しており、立ち上がりが難しい人や、下肢に体重をかけられない人の横移乗に使用するとしています。(テクノエイド)
移乗ボードが向いている人
移乗ボードが向いているかどうかは、病名や障害名だけでは判断できません。
同じ車いす利用者でも、座る力、腕の力、身体の緊張、痛み、皮膚の状態などによって、適した移乗方法は異なります。
一般的には、次の条件に当てはまる人が移乗ボードを使える可能性があります。
ある程度、座った姿勢を保てる人
移乗ボードは、基本的に座った状態で横へ移動する道具です。
そのため、ベッドの端などに座ったときに、身体がすぐ前後左右へ倒れてしまわないことが重要です。
完全に一人で座れなくても、手すりを持てば座れる、介助者が体幹を支えれば座位を保てるという状態なら、介助付きで使用できる場合があります。
一方、身体を支えても座位を保つことが難しい場合や、急に身体が大きく傾く場合は、移乗ボードだけでの移乗は危険です。
医療機関による解説でも、「ある程度座位を保つことができ、立位移乗では重い介助が必要な人」が適している例として挙げられています。(おうばく通信)
立ち上がることが難しい人
足の力が弱く、ベッドから立ち上がって車いすへ方向転換することが難しい人にも、移乗ボードが役立つ場合があります。
完全に立ち上がる必要がなく、座った姿勢のまま横へ移動できるためです。
ただし、「立てない人なら誰でも使える」という意味ではありません。
座位を保つ力や、介助者の指示に合わせて身体を傾ける力がほとんどない場合は、移動用リフトなど、身体全体を支えられる福祉用具の方が安全なことがあります。
厚生労働省関係資料でも、座位姿勢を取れる人にはスライディングボードなどを検討し、人力で抱え上げなければ移乗できない人にはリフトを使用する考え方が示されています。(都道府県労働局所在地一覧)
足に体重をかけられない人
骨折や手術後、関節の病気、下肢まひなどにより、足に体重をかけることを禁止されている人にも使われることがあります。
立ち上がり介助では、無意識に足へ体重をかけてしまう可能性があります。
移乗ボードを使えば、下肢への荷重を抑えながら座ったまま移動できる場合があります。
ただし、足を床につけてよいか、足台を使うべきかについては、病状や治療方針によって異なります。医師や理学療法士などに確認してください。
腕や体幹を使って移動を手伝える人
本人が一人で移乗ボードを使用する場合は、腕で身体を支えたり、体幹を前後左右へ動かしたりする力が必要です。
介助者がいる場合でも、手すりを握る、身体を前へ傾ける、移動方向と反対側へ身体を傾けるなど、本人が少し協力できると移乗しやすくなります。
ただし、腕や肩に痛みがある人は注意が必要です。
車いすからの移乗は腕や肩に大きな負担がかかる動作です。移乗ボードを使っても負担がゼロになるわけではないため、肩や手首に痛みがある場合は、移乗方法そのものを見直す必要があります。(MSKTC)
身体状態だけでなく「使える環境」が必要
本人の身体状態が移乗ボードに適していても、車いすやベッドの環境が合っていなければ使用できません。
次の条件を確認しましょう。
車いすのアームサポートを外せる
移乗する側のアームサポートが固定されていると、身体やボードが引っかかります。
アームサポートを取り外せる、または後ろへ跳ね上げられる車いすが必要です。
フットサポートを移動できる
移乗方向のフットサポートが残っていると、足や衣服が引っかかる可能性があります。
取り外し式や、外側へ開けるスイングアウト式など、足元を広く空けられる車いすが適しています。
車いすのブレーキが確実にかかる
移乗中に車いすが動くと、ボードが外れたり、座面との隙間が広がったりします。
左右のブレーキが確実にかかり、車いすが動かないことを確認します。
電動車いすの場合は、電源を切るなど、使用している車いすの取扱説明書に従ってください。
ベッドと車いすの高さを調節できる
移乗する2つの座面は、同じくらいの高さにするのが基本です。
可能であれば、移乗先をわずかに低くすると、身体を移動させやすくなります。
反対に、低い場所から高い場所へ移る「上り方向」の移乗は、本人にも介助者にも大きな力が必要です。
厚生労働省の作業手順例でも、車いすへ移るときはベッドを数センチ高くし、車いすからベッドへ戻るときはベッドを低くする方法が示されています。(都道府県労働局所在地一覧)
2つの座面を十分に近づけられる
ベッドと車いすの間隔が広すぎると、ボードの両端を十分に載せられません。
ボードがわずかに座面へ引っかかっているだけでは、体重をかけたときに外れる危険があります。
家具やベッド柵が邪魔にならず、車いすを十分に近づけられる作業スペースが必要です。
使用者の体重が耐荷重を超えていない
移乗ボードには、それぞれ安全に使用できる耐荷重が設定されています。
見た目が丈夫そうでも、耐荷重を超えて使用すると、ボードが大きくたわんだり、割れたりする可能性があります。
本人の体重だけでなく、移乗時の動きによって加わる力も考慮し、必ず製品の取扱説明書を確認してください。(Agency for Clinical Innovation)
移乗ボードを使わない方がよいケース
次のような場合は、自己判断で移乗ボードを使用せず、理学療法士や作業療法士などに相談してください。
座った姿勢を保つことが難しい
介助者が支えても身体が大きく倒れる場合は、ボードから転落する危険があります。
全身を支える必要がある場合は、移動用リフトなど、別の移乗方法を検討します。
お尻や太ももに傷・褥瘡がある
移乗ボードを使用すると、お尻や太ももの皮膚に摩擦やずれが発生します。
褥瘡や傷がある人、皮膚が非常に弱い人、感覚が低下している人では、傷を悪化させる可能性があります。
衣服や移乗用シートで皮膚を保護する方法もありますが、すでに褥瘡がある場合は、医療職による確認が必要です。(おうばく通信)
身体の緊張や不随意運動が強い
移乗中に足が急に伸びる、身体が反り返る、手足が大きく動く場合は、ボードがずれたり、身体が前方へ滑り落ちたりすることがあります。
いつも同じ状態とは限らないため、疲労や体調によって緊張が変化する人も注意が必要です。
指示を理解することが難しい
移乗ボードでは、「身体を前へ傾ける」「手をここに置く」「少し待つ」など、介助者と動作を合わせる場面があります。
指示の理解が難しい場合でも使用できるケースはありますが、介助者の人数や支え方を含めた個別の評価が必要です。
介助者が身体を支えられない
移乗ボードは介助者の腰への負担を軽減する道具ですが、まったく力を使わなくてよい道具ではありません。
本人の体幹を支えたり、転落しないよう見守ったり、足の位置を調整したりする必要があります。
介助者が一人では安全を確保できない場合は、二人介助や移動用リフトを検討します。
事故につながる危険な使い方
ブレーキをかけずに移乗する
車いすが少し動くだけでも、ベッドとの隙間が広がり、ボードが外れることがあります。
「誰かが車いすを押さえているから大丈夫」と考えず、必ず左右のブレーキを確認します。
ボードの端を少ししか載せない
移乗ボードは、両端がベッドと車いすの座面に十分載っている必要があります。
ボードを差し込んだ後は、本人が動き始める前に、両端の位置と安定性を確認します。
大きな高低差を無理に移動する
高い場所へ身体を押し上げる移乗では、腕や肩、介助者の腰に強い負担がかかります。
勢いをつけて乗り越えようとすると、ボードから外れたり、後ろへ倒れたりする危険があります。
高さを調節できない場所では、別の移乗方法や専用の長いボードが必要になることがあります。
一度に大きく身体を動かす
移乗ボードでは、本人の身体状態に合わせて、少しずつ位置を変えることが基本です。
一度に大きく動かすと、上半身だけが先に移動し、足が元の位置に残ってしまうことがあります。
テクノエイド協会のヒヤリハット事例では、足の位置を整えずに上半身を大きく動かした結果、膝を無理にひねったケースが紹介されています。足と膝の方向を確認し、必要に応じて数回に分けて移動させることが重要です。(テクノエイド)
お尻を強くこすりながら滑らせる
名前に「スライディング」と付いていますが、お尻をボードへ押しつけたまま強く引きずるのは危険です。
皮膚の摩擦やずれを減らすため、身体を少し浮かせながら、小さな動作を繰り返して移動します。
本人が身体を浮かせられない場合は、移乗用シートや介助ベルトなどを組み合わせる方法もあります。
家にある板で代用する
棚板や木の板は、移乗用としての耐荷重や表面加工が確認されていません。
体重をかけたときに割れる、滑りすぎる、反対に滑らない、皮膚にとげが刺さるといった危険があります。
必ず移乗用として設計された製品を使用してください。(UMass Memorial Health)
初めての使用を一人で試す
移乗ボードは、置けば自動的に安全な移乗ができる道具ではありません。
ボードの差し込み方、身体を傾ける方向、手足の位置、介助者の立ち位置によって安全性が変わります。
最初は理学療法士、作業療法士、福祉用具専門相談員などに、実際のベッドと車いすを使って確認してもらいましょう。
使用前に確認したい安全チェック
移乗を始める前に、次の項目を確認します。
□ 本人の体調や意識状態は普段と変わらないか
□ お尻や太ももに傷、赤み、痛みがないか
□ ボードにひび、割れ、強い変形がないか
□ 使用者の体重が製品の耐荷重内か
□ 車いすの左右のブレーキがかかっているか
□ アームサポートとフットサポートを移動したか
□ ベッドと車いすを十分に近づけたか
□ 2つの座面の高さを調節したか
□ ボードの両端が座面に十分載っているか
□ 足と膝が無理にねじれない位置になっているか
□ 移乗後にボードを安全に抜けるスペースがあるか
一つでも不安がある場合は、無理に移乗を始めないことが大切です。
購入前に実際の環境で試すことが重要
移乗ボードは、長さや幅だけで選べるものではありません。
同じ人が使用する場合でも、ベッドから車いすへの移乗と、車いすから自動車への移乗では、必要な長さや形状が変わることがあります。
購入前には、次の点を実際の環境で確認しましょう。
・本人が安定して座れるか
・ボードをお尻の下へ差し込めるか
・車いすの車輪やブレーキレバーに当たらないか
・ボードの両端を十分に載せられるか
・本人と介助者の両方に無理な姿勢がないか
・移乗後に安全な姿勢まで整えられるか
本人の身体状態は変化します。
以前は一人で使えていた人でも、肩の痛み、体幹機能の低下、体重の変化などにより、同じ方法が危険になることがあります。
移乗中にふらつきや痛みが出るようになった場合は、「慣れているから大丈夫」と続けず、移乗方法を見直しましょう。
まとめ|移乗ボードは条件が合えば抱え上げ介助を減らせる
移乗ボードは、立ち上がることが難しくても、ある程度座った姿勢を保てる人に向いている福祉用具です。
ベッドと車いすの間を座ったまま移動できるため、本人を高く抱え上げる介助を減らせる可能性があります。
ただし、安全に使うには、本人の身体状態だけでなく、次の条件を整える必要があります。
・ある程度、座位を保てる
・本人または介助者が体幹を支えられる
・車いすのアームサポートを移動できる
・車いすのブレーキが確実にかかる
・ベッドと車いすの高さを近づけられる
・ボードの両端を座面に十分載せられる
・皮膚や膝に無理な負担がかからない
移乗ボードが合わない人に無理に使用すると、転落やけがにつながります。
初めて導入するときは、理学療法士、作業療法士、福祉用具専門相談員などに、本人の動作と使用環境を確認してもらうことが、安全への近道です。
※この記事は一般的な情報をまとめたものです。実際の移乗方法は、本人の障害・病気・体格・皮膚状態・使用環境によって異なります。
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移乗用介助ベルトの選び方|抱え上げ介助との違い【全4回・第2回】
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次回は、介助ベルトで支えてよい場所、危険な引っ張り方、サイズや持ち手の選び方について詳しく説明します。

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